第43回 秋のハイキング 寺内町街歩き
「小雪に 街並みの屋根 陽の光」
お日さまがまぶしい陽気でした。
55期の田底です。秋のハイキングは令和5年11月26日に行いました。木枯らしが吹いてもよい頃なのに、お日さまがまぶしいくらいに良い天気でした。
さて、ボランティアガイド第4弾。皆さん、大阪に江戸のような街並みが残されている所があると思いますか?あるのです。それが、富田林寺内町。正確な住所は、富田林市富田林町なんですけどね。
寺内町は、1560年に、本願寺一門の興正寺の第16代証秀さんが、この土地(当時は、荒地)を百貫文(現代の値段で行くと1500万円)で買い取り、一向宗興生正寺別院を中核とした宗教自治都市にしました。中々強かなところがあって、織田信長と石山本願寺による石山合戦時には、本願寺側につくことなく、そのおかげで信長から攻撃を受けることもなく、平静を保つことができたようです。
と言う様なことを30分、ボランティアガイドさんの講話を受けた後、街並みのフィールドワークへ。碁盤の目状の街並みなのですが、街路は、ちょっとずつ、ずらした「あてまげ」が施されています。侵入してきた敵から死角を作って、防御するためのものです。
さて、町家は、17世紀から大正まで、いろんな時代のものがあります。ガイドさんに、時代が異なる3件の町家が並んでいる所に案内されました。古い順番に当ててごらんというのです。一軒は、壁に銅が貼られているのだけど、他の2軒は、漆喰だし、違いといえば、虫籠窓(むしこまど)の形が違うことくらいしか。。。建築家の学生さんが、先生に連れられてよく来るそうです。
それと「うだつ」。「うだつの上がらない」の「うだつ」って、答えられます?答えられないと、5歳児に怒られますよ。うだつというのは、防火壁のことです。町家は隣り合って建てられているので、火事が燃え移らないように屋根に作られた壁なのですが、いつしか、豪華な装飾を施して、自分の財力を誇示するものになったようです。うだつを上げられれば、お金持ちということです。ほかにも、豪華な蔵があったりして、この町はお金持ちが多かったことが、分かります。
以上、いっぱい勉強したので、近くの河川敷で陽光を浴びながら、いつものようにワイン、日本酒、ウィスキーというフルコースの酒盛りをして、いつものハイキングを楽しく過ごすことができました。
さて、春のハイキング。ボランティアガイドさんと行くぶらぶら歩き第5弾として、大阪城の桜を見ようと考えています。幹事として、一度やりたかったことです。詳細決まれば、皆さんにお知らせします。
55期 田底