
2025年9月7日に開催された旭陵同窓会関西支部総会にご招待いただき車に関するお話をさせていただきました。私からは中古車売買において「ダマされない」ための注意点と、息子である中国車研究家加藤ヒロトからは中国車についての最新事情についてのお話でした。
本来は2024年9月の予定だったのですが台風の影響で1年延期となりました。この時であれば、99歳の母(加藤妙子)も一緒に伺う予定でしたが2025年は8月末に肺炎で入院することになり参加がかなわず。その後のリハビリでは旭陵同窓会で会長を務められたご経験がおありの木下毅先生が理事長を務められている長府の光風園病院に約2か月入院し、すっかり元気になりました。
このたび講演のご依頼をいただくことになったのには、私の父(18期 旭陵同窓会元会長 2003年に他界)が関西支部設立の際に少しお手伝いさせていただいたご縁が始まりと伺っております。父は熊本出身で熊本高校(旧制熊本中学)の途中から、西高に編入しました。西高のことが大好きで同窓会は下関の総会と東京支部、関西支部の総会にもよく出かけて本当に楽しそうに過ごしていました。
私自身、関西支部総会への参加は初めてのことでしたが、当日は南左千夫君をはじめ60期の仲間たちがたくさん集まってくれて、ほとんどが西高卒業以来という状況でしたのでとても嬉しかったです!また、すぐ上の姉(52期)を知る同窓生からも声を掛けていただけて会話を楽しみました。
さて、仕事の話を少々。昨年8月から取り組んでいるのは大阪万博関連で190台も一社独占で採用された中国製電気バスの不適切事案についてです。万博関連だけではなく全国のバス会社や自治体などに合計300台以上が納車されてあちこちで不具合が多発しています。輸入・販売したのは北九州市に本社を持つEVスタートアップで、9月1日には大阪市内を走るオンデマンドバス(中国・愛中和汽車製)が回送中にハンドルが効かなくなり中央分離帯に激突してやっと停止した、というとんでもない事故も発生しました。この事故をきっかけに大阪メトロは40台の同型車両の使用を中止しています。万博会場でもバスの不具合を理由とする複数件の事故が発生しておりましたが、来場者の方々がけがをされることはなかったのでほっとしています。
kenteioyako@gmail.com

2023年(令和5年)支部総会が盛大に開催されました
1 総会
旭陵同窓会 木下会長

下関西高等学校 宮村校長

東京支部 長山支部長

前田下関市長 (ビデオレター)

関西支部 阿部支部長

中谷 副支部長

柴田 事務局長

田底 幹事長

南 会計担当

山田 会計監査役

来賓 長山東京支部長 宮村校長 判野幹事長 木下会長

受付風景

2 演奏会 大石 学氏(59期) 司会 友永先生





3 懇親会






















4 閉会






4 二次会






総会に参加して
46期 平 弘志
卒業し、大阪で勤務し始めて以来、同窓会には
全くの無縁。還暦の際、吉見中学、西高と
立て続けに同窓会に初めて出席した。
誰かはわからぬも、少し話すと、不思議なことに
当時の事まで思い出してしまう、名前さへもでて
きそうになる。
それに何十年かぶりに会う皆々も、元気そうなの
である。こちらも嬉しくなる。
サラリーマン生活の後半から、企業内では、
誰をも「さん」づけで呼ぶ。
いつの間にか違和感も消えた。
ところが、ここでは、のっけから「呼び捨て」。
何も考えずとも。この気持ちよさ。何も言わずとも
「呼び捨て」。OBとはいいものだなと感じつつ、
それから10年。
ひょんなことで濱岡女史を知り、幾度かお店にも
顔を出し、「大阪でも旭陵の集まりがあるのよ」
とのお誘いに乗り、今回初めての出席となった。
さあ、誰と会うのだろう。誰それとわかるのだろうか?
当日
会場地下には、お世話してくださる人たちの案内が、
こういう皆さんの力で、会が成立するのでしょうね、
ありがたいことです。
エレベーターで一緒になった、上品なご夫婦。何かしら
覚えが・・・。ご主人が、何と同窓生だった。
会の最後に、全員で、校歌や応援歌を斉唱。忘れていたが、
歌いながら思い出すもの。
たっぷり2時間あの時代を思い出した。
「呼び捨て」ができなかったことは残念だったが、この
大阪で、これから新しく先輩・後輩と知り合っていくのも、
これもまた楽しみである。

2019年旭陵同窓会関西支部講演会始末
島 泰三
「講演の事後報告も講演の一部だから」という阿部支部長の連絡に応えて、昨年10月の鹿児島同学舎(大学生への奨学金と寮も運営)での講演会との比較を試みた。会衆の人数はほとんど同じで、同じ場所で食事があることも雰囲気は似ていた。
話した内容は、旭陵同窓会の「霊長類学的世界史観察」に対して、鹿児島同学舎では「世代をつなぐ出会い」と、どちらも私にとっては初めての題目だった。
私にとって講演は、本を書くことと似ている。その作業は、多くの先人の知識を紹介する大学の講義とはまったく違って、私にとって未知の知的冒険をまとめることである。 本は書き手と読み手が揃って、初めて実体となる。最近作の『ヒト、犬に会う』では、朝日新聞の「折々のことば」で鷲田清一氏に紹介され、毎日新聞で池澤夏樹氏が書評を書いてくれたことで、本の作業が完結した。
同じように、講演では、現場に話し手と聞き手がいるので、お互いの目を見て質疑応答ができる。それは本や論文の編集・査読、そして書評という手続きが同時にできるということで、そこで初めて聞き手と話し手の間に、共有する知的財産ができる。
鹿児島同学舎での講演では、質疑応答の時間が一時間にもなり、質問の挙手はひっきりなしだった。それは、議論するに値すると聴衆が認めたという証拠でもあった。質疑がなかった旭陵同窓会は残念だったが、小林啓祐京大名誉教授と中村榮一彦中17回生から丁寧綿密な手紙が届き、吉川順一さんは9月13日の出版記念会に出席してくださった。
中村氏には「面白きこともなき世に面白く」の下句を「疾風の夢吹き渡るなり」と続けてお返しとしたい。小林先生は現代史の盲点を指摘し、『白村江 古代日本の敗戦と薬師寺の謎』(鈴木治、学生社)を紹介してくださった。日本史解読の手がかりを得た感じがする。小林先生の書斎には、このような本が山積みになっているとか。また、京都へ行く楽しみが増えた。

この『同学舎会報』を読んだ家内は、「こんなに美しい言葉にまとめてくださって」と感動していた。私の元原稿を選択し、講演後の質疑の内容をまとめて、これほどの報告を作り、かつ私の名前で掲載するのが鹿児島県人だった。
総会の風景













































